
テンキーのないキーボードに乗り換えるとき、数字を打つ手段をひとつ失う。それを顔認証で埋められないかと考えて、Windows Hello対応のWebカメラを買った。4,240円だった。
結論から書くと、9ヶ月ほどでやめてテンキーに戻った。顔認証が動かなかったわけではない。動いたうえで、テンキーより扱いづらかった。
① 結論:キー入力を「なくす」目的なら、この方向は間違い
先に一番大事なことを書く。
Windows Helloの顔認証は、PINを設定していないと使えない。 これは製品の出来ではなく仕組みの話で、取扱説明書にもはっきり書いてある。顔が通らなかったときはPINを打つ。つまりキー入力は消えない。
自分はテンキーを不要にするつもりで買ったので、この時点で目的の半分は最初から達成できないことになっていた。買う前に説明書を読んでいれば分かった話である。
ついでに書いておくと、セキュリティを上げたくて買ったわけではない。この手の製品はパスワード漏洩のリスク軽減という文脈で売られていることが多いが、自分の目的は最初から最後まで「キーを打つ回数を減らす」だった。
| あなたの目的が… | 判断 |
|---|---|
| ログインを速くしたい・パスワードを打つ回数を減らしたい | 合う。実際そこは機能した |
| キー入力そのものをなくしたい | 合わない。PINが残る |
| 正面に固定して座る(デスクで動かない) | 合う |
| 椅子を引いたり寄りかかったりする | きつい。まっすぐ向く必要がある |
| 朝晩、照明をつけずにPCを触る | 自分の環境ではきつかった |
② 前提:テンキーレスに移行する直前に買っている
2024年11月、REALFORCE GX1に乗り換えた。テンキーレスである。(GX1とK8 HEの比較はこちら)
キーボードを買う8日前に、このWebカメラを買っている。テンキーがなくなることは分かっていたので、先に手を打ったつもりだった。数字入力の中でも回数が多いのはログイン系だったから、そこを顔でやれば依存度は下がるという読みだった。
読みの前提になっていたのが、iPhoneのFace IDである。毎日使っていて、雑に持ち上げても通る。あれが外付けで手に入ると思っていた。 今から書くと間抜けだが、当時は「顔認証はどれも似た技術なんだろう」と本気で思っていた。調べもせずにそう決めていた。
ただし、Face IDと同じ精度を要求していたわけではない。あそこまでいかなくても、キーを打つ回数が減るならそれで十分だと思って買っている。ハードルは自分なりに下げていたつもりだった。
製品選びの条件はこうだった。
- 名前を知っているメーカーから選びたかった。Webカメラという性質上、そこは譲りたくなかった
- カメラの性能は要らない。Web会議に使う予定がなかったので、顔認証さえできればよかった
- カメラの性能が上がると値段も上がるので、安いものを探した
自分が探した範囲では、5千円を切っていて、かつWindows Hello対応が明記されている製品はほとんど見つからなかった。
もうひとつ、後から効いてくる条件があった。ノートPCの内蔵カメラがWindows Hello非対応で、買う前に試せなかった。 顔認証がどんな体験なのかを一度も味わわないまま、想像だけで発注している。
③ Face IDとWindows Helloは、同じ言葉で違うことをしている
読み飛ばしても記事は成立する。ただ、買う前に一番知っておきたかったのはここだった。
Face IDは、赤外線のドットを顔に大量に投影して、その歪み方から顔の立体形状を測っている。これはAppleが公表している。斜めから持ち上げても通るのは、形を測っているからだ。
Windows Helloの顔認証も赤外線を使う。ただし各社の実装まで同じとは限らない。
このカメラの取扱説明書を今になって読み返すと、書かれているのは「顔認証用赤外線照明」である。赤外線を当てる照明があるという記載であって、立体を測るという説明はどこにもない。仕様表の受像素子も、CMOSセンサーの記載が1系統あるだけだ。
そしてロック解除の手順には、こう書いてある。
ロック画面で顔をパソコンのカメラにまっすぐ向け
まっすぐ向けろ、と書いてある。 自分が後で不満に思ったことは、説明書の時点で答えが出ていた。
「顔認証対応」という4文字は同じでも、中身と、要求される姿勢は違う。買う前にここを疑う発想が自分にはなかった。
④ 実録:9ヶ月で何が起きたか

先に条件を書いておく。カメラはPC背面、マザーボード側のUSB端子に直挿しで使っていた。ハブもUSB切替器も経由していない。説明書には「ハブに接続している場合は使わずPC本体のUSB-Aポートへ」と書かれているので、そこは満たした状態である。以下は全部、その条件で起きたことになる。
1. 置き場所が決まらなかった
最初はスピーカーの上に置いた。座ってみたら、認証のたびに斜め横を向く必要があった。それでモニタの上に移した。
モニタ上に人の顔を狙うカメラが載っていると、地味に威圧感があり、常に見られているような感覚があった。使っていた期間、これは最後まで慣れなかった。
2. 正面からずれると通らない
顔をちょっとずらせばなんとかなると思っていた。実際は、認識されるために椅子ごと動いていた。想像していたような自由度はなかった。
3. 暗いと通らない
秋以降の早朝、まだうす暗い時間。それと仕事から帰った夕方。照明をつけないと認識されないことが多かった。
気づくのが遅れた理由がある。買った時期は起床と同時に照明をつけていて、日が長くなるまでの数ヶ月、そもそも暗い部屋でPCに向かう場面が少なかった。
ここは今も分からないままである。説明書には赤外線照明が付いていると書いてあるのに、なぜ暗いとだめなのか。照明の届く距離の問題なのか、明るい時間に顔を登録したのが効いていたのか、単に自分の部屋の条件なのか、確かめていない。 分からないと書いておく。
4. メガネを外すと通らないことがあった
普段メガネをかけているので、その状態で登録した。外すと通らないことがあった。
これは完全に自分の落ち度だった。説明書に、登録後の「精度を高める」でメガネあり・なしの両方を登録できると書いてある。設定した記憶がない。 読んでいなかったということである。
5. 逃げ道が、最初からテンキーだった
ここが一番大事なところだと思う。
買ってしばらくの間、認識されにくいときはGX1の数字列か、手元にあったFILCOのテンキーを使っていた。通らない時の逃げ道が最初から用意されていたということである。
そして購入から20日後、左手デバイス兼テンキーの置き換えとしてKeychron Q0 Maxを買っている。以降しばらくは、Q0 Max、GX1、そしてこのWebカメラが同時に机の上にある構成だった。
テンキーを机から消すために買ったカメラの隣に、テンキーが置いてある。 目的の形はこの時点で崩れていたが、当時はそう認識していなかった。使えるときは使えていたからだ。
6. 決め手は速度だった
不満はいくつもあったが、運用をやめた直接の理由はこれだった。顔認証が通るまでの時間が、テンキーで数字を打つ時間を上回る場面が多発した。
一発で通れば速い。通らないと、姿勢を直し、照明をつけ、それでも駄目ならPINを打つ。この分岐が挟まる時点で、黙って数字を打つほうが速い。しかも隣にテンキーがあるので、打てば終わる。
もともとセキュリティ目的で買ったわけではないが、こうして併用する形になった以上、そちら側の言い分も立たないと感じた。顔認証だけに絞れる設定があったかどうかは覚えていない。仮にできたとしても、通らない時の不満がそのまま重くなるだけだったと思う。
7. 押入れへ
テンキー併用が一番自分に合っていると判断して、使用を止めた。そうするとQ0 Maxを右に置きたくなり、左手デバイスとしてKB16、そしてRT1テンキーを買った。ここで顔認証の運用は完全に終わった。
一応、通話用のWebカメラとして使えるかとは考えた。ただ自分の用途ではiPadで足りてしまい、そのまま出番がなかった。箱に戻して押入れに入れ、忘れていた。
⑤ 日割り査定
日割り = 購入価格 ÷ 保有日数
リセールは引かない。売っていないし、売る気もない。維持費もかかっていない。
| 項目 | 値 |
|---|---|
| 購入価格 | 4,240円(2024/11/19・ヨドバシカメラ) |
| 保有日数 | 623日(2024/11/19 → 2026/8/4) |
| 日割り | 6.8円/日 |
缶コーヒー1本で20日もつ計算になる。
ただしこの数字は素直に読んではいけない。実際に使ったのは9ヶ月ほどで、残りは押入れの中である。 使った期間だけで割り直すと、270日として15.7円/日になる。
さらに言えば、その9ヶ月も顔認証だけで運用していたわけではない。通らない時はテンキーを打っていた。 単独で仕事をしていた日数となると、もっと短い。
日割りの分母は保有日数で統一している(7本目のテンキー記事で書いたとおり)。日割りが安いのは、捨てなかったからでもある。 この数字は「元を取ったか」しか測っていない。「合っていたか」は測っていない。
⑥ 今回の見立て
見立て①:製品は動いた。目的を果たさなかったのは自分の選び方
顔認証自体は機能していた。Windowsの起動時ログインも、パスワード管理ソフトのログインも、キーを打たずに通せた。そこは4,240円分の働きをしている。
果たせなかったのは「テンキーを不要にする」という目的のほうで、その原因は製品ではない。PINが必須なこと、まっすぐ向く必要があること、メガネは両方登録できること。全部、買う前に説明書で読めた。 事前に試せなかったことを敗因のように書きたくなるが、試せなくても読めば分かった話が半分以上ある。
見立て②:求めていたのは精度ではなく、キーを打つ回数だった。そこが減らなかった
Face IDと同じ体験を要求していたわけではない。あそこまでいかなくても、キーを打つ回数が減ればそれでよかった。ハードルは下げていたつもりだった。
それでも減らなかった。理由は精度そのものより、通らなかったときの逃げ道がテンキーだったことにある。逃げ道がある以上テンキーは机から消えず、消えないなら打てばいい、という結論に毎回たどり着く。認証が数秒詰まるだけで、この天秤は簡単に傾く。
つまりこの買い物が失敗した本当の原因は、認識精度ではなく代替手段が手元にあったことである。顔認証しか手段がない環境なら、同じ製品でも評価は変わったと思う。
それでも、いつかまた試したいとは思っている。iPhoneレベルの認識精度が、外付けで、置き場所も自由に選べるなら、もう一度Windows Helloを使ってみたい。 今度は説明書を先に読む。
⑦ 補足
- この製品は、2026年8月4日時点でエレコムの公式ページに販売終了と表示されている。買えないものなので購入リンクは載せない。代わりに別の顔認証カメラを勧めることもしない。使っていないものは勧められない
- 押入れの箱の中にまだある。暗所で落ちた理由は結局分からないままなので、気が向いたら赤外線照明の出方だけでも確かめてみたい
- テンキーに戻ったあとの話はテンキー3台の査定に書いた。テンキーレスに移行した経緯はGX1とK8 HEの比較にある


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